
まずは 何にしろ、
今回見るパントタイム? パートタイム?
いや、パントマイムってなによ? って話から始めるかい!!
そもそもパントマイム!!??
って何なんだ? いったい何するの? どこからこんなこと起こったのよ?
いわば、マイムのヒストリーってやつ!?
思いどおりに!!
自分の体が 思いどおりに動いたらサイコー だろうなー!
自分を思いっきり自由に表現してみてぇなー!
人気者になってみんなの注目を集めてみたい!!
動きで 友達を笑わせたり
感心させたりできたらいいだろうなー
でも、どうやって? それに、自分にそんなことできるのかな?
実は、これはほかでもない、
パントマイムに出会うまでの僕(カンジヤマA君)のことなんです。
僕は本当に気が小さくて、人前で何かをするのがとても苦手だったんです。
人を笑わせたり、注目を集めたりしている人を見ると、とてもうらやましかった
のを覚えています。
たぶんキミたちの中にもそう思ったことある人がいるはずだよね!!
パントマイムとはつまりは体のおしゃべりなんだ。
僕たちが自分の感じたこと、考えたことなどを言葉で伝えようとするのと同じなんだ。
パントマイムは空間(空気中)に、あるいは見ている人の想像の中に、
体を使って絵を描いたり、言葉を作りだしたりするんだ。
体をうまく使えば、そのおしゃべりはきっと言葉のおしゃべりよりももっと強烈に、
もっとインパクトもって、時にはやさしく、
または時にはもっと激しく人の心を動かすことができるかもしれないよ。
キミたちはディズニーランドなどで
ピーターパンを見たことあるよね?
どんな顔だったかな? そのイメージの細かい部分を覚えてる?
まずはイメージを見てみようよ。顔の部分をよーく見てごらん!
彼の耳が異様にとんがっているのに気付いたかな? なぜだろうか? 考えたことあるかい?
あのピーターパンはイギリスのJ.Mバリーという作家の話の中の、
ネバー・ネバーランドというところに住む
永遠に大人にならない男の子 なんだ。

実は このピーターパンの「パン」もパントマイムの「パン」も同じギリシャ語からきた言葉なんだ!!
ピーターパンの「パン」は、ギリシャ神話にでてくる「パン」
(またはパーン、あるいはローマではファウヌス)という牧神のイメージからきているのです。
作者のバリーがギリシャ神話の神、パーンからヒントを得て名前をつけました。
このパーンという神様は上半身は人間の姿なのですが、
ヤギのツノと足と耳をもっており、牧人たちや森林、そしてその中に住む「すべての」生き物をつかさどっている(つまり支配する)神なのです。

つまりピーターパンの耳はこの元になったパーンという神の持っていたヤギの耳の痕跡、つまりなごりなんだよ!! びっくりした? (笑)
さて、どうしてパントマイムにも「パン」という言葉が使われているかというと、
古代ギリシャ語の「pantos(パントス)」
という言葉からきた
この「パン」には「すべて」という意味があるのです。
ピーターパンの「パン」も、
「すべて」の人間の中に存在する「子ども」
という意味 が込められているそうです。
それは実は英語でもそうです。(英語はギリシャ語からたくさん言葉が来ています。)
みなさんが知ってそうな例をあげると、パンアメリカン(= 全米のという意味。)
パノラマ写真(panorama = 全景写真)とか、あるいは「すべての贈り物」が入った、
という意味のパンドラの箱(Pandra’s Box)。
そして全ての神が集まるところ
「パンテオン Pantheon 神殿」パン = すべて+セオン/セオ(theo)= 神
というものがあります。
ちなみにこのパーンという神様に関してもっといえば、この神様はいたずら好きで、
羊飼いなどを突然おどかしたりするのが大好きだったそうだ。
ここからきていきなり驚いて固まってしまったりするのを、
「パーンに襲われる = panic-stricken」または「panic」
そう、ぞくにキミたちがいう「パニくる」って言葉になるんだよ。
この「パン」という言葉は、「pant」、「panto」とも表されます。
つまり pantomime のパントとは「すべて」
を意味する言葉 なのですぞ。
漢字ではよく、「汎(はん)」という字がこれと同じ意味を持ちますね。
パントマイムの「パント」が「すべて」という意味なら、
それに続くもう半分の「マイム」とは何でしょうか?
これも古代ギリシャ語の「mimos (ミーモス) 」= 模倣する、
マネをするという意味の言葉から来ています。
つまり「パントマイム」とは
この世のあらゆる出来事、物事、事物を模倣する、
モノマネする、あるいは再表現する という意味なのです。
どう? 結構面白くない?
でも、本当に「マネ」するためには、物事をよーく観察できる目が必要になってくるよね。
簡単に説明しよう。まずキミたち自分のことを考えてみよう。
キミたちは今、言葉を話せるね。けれども、赤ちゃんだったころ、
言葉を話せるようになる前にも、おなかがすいてミルクがほしくなったり、
なんかウンコをオムツにしちゃってお尻が気持ち悪いって
お母さんに伝えたかったりしたことがあったはずだ。
どうやったか覚えているかい?
「アブ~アブ~」「マンママンマ」という声とともに顔をゆがめたり、笑ったり、
あるいは手を振ったり泣きじゃくったり
身振り手振りや表情を必死に使っていた
はずだよね。
それと同じように、昔むかしの原始時代に言葉がなかったとき、
人々は体や顔をいろんなふうに使って話をしていたんだよ。
例えば「おい、あそこにこんなでっかいおいしそうな動物がいたぞ」なんて、
動物の「マネ」してジェスチャーで仲間に伝えていたかもしれないし、
「おい、お前さっき使っていた石斧(おの)はどこへやった?」
なんて斧をふりかざす「マネ」をして伝えていたかもしれないね。
それにもしも雨が降らずに困っているときは、神様に「雨を降らせてください」なんてお祈りするときに、だれかが神様の「マネ」をして雨を降らせるしぐさをしたり、悪魔ばらいをする儀式などで、誰かが悪魔の「マネ」をして追い払われてゆく姿を演じたりしたんだよね。

やがて「マネ」をする人の中から、その
「マネ」を大げさにしたり、面白おかしくしたりしてみんなを笑わせる人々がでてきた。
こんな踊りやモノマネが、やがてそれぞれの国や文化独特の芸能として発達してゆくんだよ。
今でもインドネシアなど、東南アジアの国々ではこういった悪魔ばらいが
お祭りの儀式として行われているんだぜ!!
例えばインドネシア、バリ島に残るバロンダンスがそうだ!
バロンダンス
それ以外にも、
体を使ったおしゃべりをしなくてはならなかった場合や理由がいくつもあったようだよ。ちょっと考えてみようか。
例えば、ギリシャ・ローマ時代の昔から、いろいろな地方を旅から旅へとさまよって、
芸をみせてお金もらいながら生活していた旅の大道芸人がいたんだ。
こういう芸人は国境を越え、異文化の地でも仕事をしてお金を稼がなくてはならなかったんだ。
まったく 言葉や文化の違う地方で芸を披露するには、言葉の芸よりも体の芸の方が理解されやすかった
だろうことは想像できるよね。(特に体をつかった下ネタがうけたそうだ!!)

また、中世時代の中頃からは、キリスト教の教会が字の読めない
(当時聖書はラテン語で書かれていて一般の人はラテン語が読めなかったんだよね)
人々のために、体を使った演技で聖書の物語などを伝えていた時代もあったんだ。
そのほか、イタリアのルネッサンスのころ流行りだした喜劇(コメディア・デラルテ)
の中では、道化師は必ず仮面をつけていたため、顔の表情が使えず、
身振りにたよって人を笑わせたっていうことも理由としてあるんだよね。
その後の歴史のなかでは、
王様や政治家たちが
自分たちの批判や悪口をいわれるのが怖くて、
演劇にセリフを禁じた時代があったんだ。
そんな時は、役者や道化師たちの体がたくさんおしゃべりしたようだよ。
言葉ではなく、体で批判したり悪口言ったりすれば大丈夫だった んだろうね (笑)
特にフランス革命前後から19世紀にかけて、
フランスではこういった政府の演劇に対する弾圧がすごかったらしい!
役者には舞台で一切セリフをしゃべることを禁じたり、
舞台に登場するときに普通に入ることを禁じ、逆立ちしたり、
バク転したりしてはいることを要求したんだって! すごくない?
特に19世紀のフランスではこのような政治的な圧力のもと、
なんとかお客さんを楽しませようとした役者の中から「ピエロ」の格好をして
無言で人々を笑わせるバチスト・デビュローという役者が出てきた。
実はこの人が「ピエロ」というキャラクターを世界中に流行らせた人なんだよ。
今キミたちが「ピエロ」と呼んでいるキャラクターはこのころこのデビュローが流行らせたものなんだ。(この時代のピエロの誕生に興味ある人はぜひ映画「天井桟敷の人々」を見てくださいね。)
この映画を見るとき、大事なこと:この時代背景には前述の政治的な圧力があり、
舞台上でセリフをしゃべるのはほんの一部の主流派の劇場だけだったということ。
だから映画の途中主人公、バチストの彼女が舞台上でつい彼の名を呼んでしまい、
大変な騒ぎになるというシーンがありますので、ぜひチェックしてみてね。

(映画「天井桟敷の人々」よりバチストの創造したピエロは世界的に有名に!!)
でも、みんながパントマイムというと想像する見えない「かべ」とか「つなひき」とか
「ロボット」などというテクニックはこのころは全く使われていなかったんだ。
それらの 具体的な体のテクニックとしてのマイムの起こりはこれらとはちょっと違っているんだ。
20世紀の初め頃、1920年代、舞台の演劇はあまりにも言葉や大掛かりなセットや衣装に頼りすぎるようになったんだ。
特に写実主義とか自然主義といった、普通の生活を舞台に載せる流行が広まった時には、役者も普段の日常生活のように舞台で振る舞うようになった。
だから役者はセリフをいうだけで、たいして動かなくなってしまった。
それを見ていたフランスの人々が
「人間の体はもっとたくさんのことを表現できるはずだ」と考えて、
人間の体の可能性、動きのバリエーションを一生懸命に研究したんだって。
エチエンヌ・ドクルーというおじさんもこのような人々の1人なのだけれども、
この人が現代にマイムを復活させた大先生なんだ。
(ちなみに、このエチエンヌ・ドクルーは、先ほど紹介した映画「天井桟敷の人々」の主人公、バチストの父親役を演じています!)

そして
それを面白おかしく作品にして世界に広めたのが、その生徒の1人で日本に何回もやってきた
マルセル・マルソーっていうおじさん なんです。

マルソーがアメリカで大人気になり、
世界中でマルソーのマイムが習いたくてマイム芸人になった人々がたくさんいた。
実はキミたちが今度鑑賞する カンジヤマ・マイムのA君も、
そんな中の1人なんだよ!!
あとでお話しすると思うが、A君は大学1年の時、
たまたま友人に誘われて見に行ったマルセル・マルソーの舞台をみてぶっ飛んだ!!
いや、実際にぶっ飛んだわけじゃないが、ぶっ飛ぶほど感動したんだ。
それがマイムやるきっかけだったんだって。面白いね、人生何があるかわからないぜ!!
なぜ体でおしゃべりをするかという話で、伝説のような話がいくつかあるよ。
ここではその1つを紹介しよう。
ローマ時代に、リビアス・アンドロ二クスという人がいたんだ。
この人は、自分のつくった詩を情熱的に朗読をするのが得意だったんだって。
でも、毎回毎回大声で詩を朗読していたので、
ある日突然声が出なくなってしまったのだそうだ。
そこで、彼は奴隷の1人に詩を暗唱させて、
その詩の内容を自分の体で表現し始めたんだって。
ところがそれが返って大成功し、彼の名は詩人以上に、
パントマイムとして人々に知れわたったんだって。嘘のような本当のような…。
あのマイケル・ジャクソンだって学んだんだぜ!!
そうなんだよ、実は例のマイケル・ジャクソンの有名な「ムーン・ウォーク」だって
もともとはマイムのテクニックだったんだって知っていた?
マイケルは、前出のマルセル・マルソーに師事して学んだアメリカの有名なマイム芸人、ロバート・シールズというマイムにそのグライド(ムーン・ウォークの元となるマイム特有の風に向かって歩くテクニック)を学んだんだよ。
このグライドというムーン・ウォークの元となるテクニックを
マルソーが映画「サイレント・ムービー」というメルブルックス監督の作品の中で演じているので見てみよう。
これは1970年代の映画で、
現代にもう一度サイレント映画(無声映画)を作ろうとするコメディアンたちの物語。
この無声映画でつづる映画の中でたった1人言葉をしゃべるのが、なんとパントマイムのマルセル・マルソーという設定なのだ!! このシーンを見てみよう。
サイレントムービーより、マルソーのシーン
なお、マイケルジャクソンが習ったマルソーの弟子のマイム
ロバート・シールズも70年代にアメリカで
自分のレギュラーコメディーの番組をCBSで毎週もっていたというツワモノ!!

彼の番組の一部もyoutubeでみられるぜ!!
シールズアンドヨネールのビデオ

今まで見たこと読んだことなどを、
他の入り口を体験した人にわかるように説明してみよう。
お互いの経験を分かち合いながら、
その共通点、あるいは共感できること、疑問などなどを
話し合ってみよう。
さて、3種類の入り口から入って今まで様々な疑似体験をした生徒さんの仲間で、
それぞれの入り口から入った体験を分かち合って話し合ってみよう。
どんなことが書かれていた(あるいは見られたか)を紹介し、
その内容を話し合ってみましょう。
ここからは事前学習授業内にディスカッションタイム
それぞれの問いに対する答えを利用して、
他のチームに自分の入口の体験を分かち合ってディスカッションしてください。
他のチームの発表で面白いと思ったことなどはさらに深く質問してみよう。